そろそろ発売なんですよアレが!
なのでちょっと後悔いやさ公開しちゃいますよ!
ああ、最近TRPGしてないよしたいよ……。
本編の前に拍手レス。
>素晴らしいアグネスポインツです! ど、どこにアグネスポインツがかかったというの!?
みんな逃げて、ここは危ないわ!!
>母さん買ってきたわよ積みゲーをすっぽかして早速遊ぶわ 詰みゲーを消化してからにしてくださいママン!
私が恥ずかしくて死にそうです!!
ナイトウィザード2nd・月下の戦神①
沈みかけた陽の光が、道の上に長い影を作り出す。
その影が揺れるのを見つめながら、彼女――新藤美由紀はゆっくりと歩を進めていた。
「もうっ、どうしてこんなときに生徒会が長引くのよ!」
小さく罵りながら、彼女は鞄を持ち直す。軽く上げた手首に巻いていた腕時計の液晶板は、夕方の六時を指し示していた。
「会長も会長だし、会計も会計よ! 今更文化祭の予算の見直しだなんて……もう二ヶ月後に迫ってるっていうのに!」
道端に落ちていた小さな石を、勢いよく蹴飛ばす。その石が壁にぶつかって、乾いた音を立てた。
そのどこか小気味いい音さえも、今の彼女にとっては疎ましい。
「一ヶ月に一回の大事な時間が、こんなので潰されちゃうだなんて、許せるもんですか!」
僅かに肩を怒らせながら、美由紀は茜色に染まっていく景色の中を駆け抜けていく。その足取りは、さっきよりも僅かに速く、そして荒々しくなっていた。
――本当なら、今日はもうとっくの昔に、自分の部屋にいるはずだったのだ。
携帯電話を手にして、普段押すことのない短縮番号をプッシュして、耳元へ運ぶ。
しばらくコール音が流れた後にそこから聞こえてくるのは、とてもとても愛しい相手の声――。
仕事の都合で今は遠い地にいる年上の彼との、月に一回の電話でのやりとり……それをこんな形で邪魔されるだなんて!
「急がなきゃ……!」
約束の六時はもう過ぎてしまったが、急いで帰ればまだ数十分は話せるはずだ。
片手に提げていた鞄をもう一度掴み直して、胸元で抱きかかえるようにする。そうしてから、美由紀はさらに足を速めた。
伏せがちだった顔を上げて、前を見る。
そこでようやく、彼女はそれを悟った。
「――え?」
自分が目にしたものが信じられず、小さく声を上げる。何度か目を瞬かせてから、美由紀はもう一度それを見返した。
見間違いであればいい。気が急いていたから、勘違いしてしまったのだ――そんな思いが脳裏を過ぎる。
だがその期待を完全に打ち壊して、それは、彼女の眼前に悠然と佇んでいた。
――血のように、紅い、大きな月が。
「ひっ……!」
ようやく目の前にあるものを認めて、美由紀の口から掠れた声が零れ出る。
色鮮やかなその紅は、神秘的な印象よりも、本能的な嫌悪感を彼女の心に叩き込んできた。
思わず反射的に目を反らす。知らずに抱きしめた自分の肩が、小刻みに震えていた。
荒くなった呼吸を抑えようとしながら、美由紀は辺りを見回す。気付けば、辺りの景色もさっきまでとは一変してしまっていた。
夕焼け色だったはずの空は、今は赤紫に染まっている。
いや、空だけではない。辺りの民家や石造りの塀、今自分が踏みしめているコンクリートの道路まで、空と同じ色で染め上げられていた。
「……な、何……? なんなのよ、これ……」
ようやく、声が出る。鞄を潰れてしまうほどに強く抱きしめながら、美由紀はその場でよろめいた。
背中が、塀に当たる。微かな痛みさえ、今の自分にとっては必要なものだった。
制服越しに触れる塀のざらりとした感触が、これが夢でないことを教えてくれる。
「…………」
唾を飲み込んで、渇ききった喉を無理やり潤す。そうしてから、美由紀は塀から背を離した。
鞄を強く抱きしめたまま、その場を駆け出す。脇目も振らず、自分の家の方を目指して、彼女は全力で駆け続けた。
言い知れない何かが、彼女の心を締め付ける。
ここにいたら、まずい。
何がどうまずいのかはわからないが、とにかくまずい。
このままここに居続けたら、何か、とりかえしのつかないことになる――!
そんな焦燥感に突き動かされて、美由紀は懸命に足を動かし続けた。
もう少し、後少しだ――そこに見える角を曲がりさえすれば、自分の家はすぐ目の前だ。
そこに辿り着いて、玄関に飛び込んでしまえば、この紫色の世界から逃げ切れる……!
そんな根拠のない希望を胸に、その曲がり角へと飛び込んでいった、次の瞬間。
「っ!?」
頬を、何かが掠めていったような、そんな気がした。
一瞬遅れて、焼け付くような痛みが頬から脳裏へと駆け上ってくる。
その痛みに耐え切れず、頬を片手で押さえた瞬間、何かべたつくものが指に触れるのを感じた。
だが、そのべたつくものの正体に考えを巡らせる余裕は、彼女には与えられなかった。
目の前に立っていたものが、それを許してくれなかったのだ。
紫に染められた世界の中にあって、それは確かに鈍い光沢を宿していた。形は人のようだが、その姿は明らかに普通の人のそれではない。
ああ……なんか、どこかで見たことがある気がする。なんだっただろうか……男子がたまに持ち込んでくる、くだらない漫画雑誌で……。
そう美由紀が思っている間にも、それはゆっくりと動き出していく。
横へ伸ばしていた腕を、今度はまっすぐ頭らしきものの上へ伸ばしていく。その手に握られた細長い何かが、紅い光を受けて一瞬だけ輝いた。
ああ、あれも何かで見たことがある。歴史の授業で使っている教科書に、載っていた――そうだ、これは西洋の甲冑……剣を振り上げている西洋の騎士だ――。
そう気付いた美由紀の眼前で、それ――甲冑の騎士が、手に持つ剣を振り下ろした。
それは、立ち尽くしたままの美由紀の鼻先を掠めて、足元の道の上へ勢いよく叩きつけられる。鈍い音がして、アスファルトが抉られた。
ぱらぱらと、砕けたアスファルトが辺りへ飛び散る。そのときになってようやく、彼女は自分の身に起きたことを理解した。
――今、自分は、この目の前の甲冑に、殺されかけている――
「……ひっ……ひいいぃぃっ……!」
声を上げて、その場にへたりこむ。取り落としてしまった鞄が道の上に落ちて、中身が散らばった。
それを拾い集めることもできず、美由紀が後ずさる。しかし腕も足も震え続けていて、うまく動くことができない。
そんな彼女の様子を知っているのかいないのか、甲冑は振り切っていた剣を再び持ち上げながら、ゆっくりと足を踏み出してきた。
飛び散ったアスファルトがブーツに踏まれて、音を立てる。剣を振り上げていく騎士の姿を見上げながら、美由紀は意味もなく頭を振り続けていた。
「やぁ……いやぁ……!」
掠れた声で、言葉を紡ぐ。いつの間にか、頬の上を涙が伝っていた。
どうして、どうしてこんなことになっているのか。美由紀には何一つ理解できなかった。
大声で助けを呼ぶという考えさえも、今の彼女の脳裏には浮かばない。
(……ああ……結局、今夜は電話できないな……)
それが、彼女が最後の一瞬に思ったことだった。
涙で霞んだ視界の中央で、騎士が剣を振り下ろす。すぐ後に来るだろう衝撃を予想して、美由紀は強く目を閉じた。
そして、体が強く揺さぶられ――彼女は、そのまま意識を手放していった。
埃が舞い上がる。砕けて飛び散ったアスファルトをその身で受け止めて、騎士は剣を振り下ろしたままの姿勢でそこに佇んでいた。
もうもうと舞い上がる埃の向こうは、よく見通せない。騎士はそれが晴れるときを、ただじっと待ち構えているようだった。
さぁ、と風が吹いて、埃が払われていく。完全に埃が吹き払われたそこに、人の姿はなかった。
騎士が、微かに首を曲げる。妙に人間らしいその仕草に、応えるものがいた。
唸り声が通りに響く。紫の世界を震わせる、そんな力強い獣の唸り声だ。
それに気付いた騎士が、顔を上げる。唸り声の主は、彼より少し離れた塀の上に立っていた。
狼。黒い毛並みを持つ狼が、石造りの塀の上にその四肢を置いている。
まるで猫のような身軽さだが、体躯のほうはもちろん猫の大きさではない。少なく見積もっても、大の大人と同じくらいの大きさだろうか。
細いはずの塀の上でバランスを崩すことなく、その黒狼は騎士を睨み続けていた。口から漏れる唸り声が、徐々にその鋭さや大きさを増していく。
その黒狼の背に、誰かが乗せられているようだったが、それが誰かを確認する余裕は騎士にはないようだった。
「――ようやく尻尾を掴んだぜ。いらねえ手間ばっかり掛けさせやがって」
黒狼と反対の方向から、男の声が掛かる。苛立ちをはっきりと滲ませた、若い男の声だった。
その声を受けて、騎士がゆっくりと自分の背後を振り返る。金属と金属が擦れ合う耳障りな音を響かせながら、騎士はその人影と向き合った。
そこに立っていたのは、男だった。背格好はどこにでもいる、一般的な若者のよう。
ただ、着込んでいるベストの無骨さと、無造作に伸ばされている前髪の下の鋭い眼差しが、一般とは少しかけ離れていた。
振り向いた騎士を見据えて、男が口を開く。
「この界隈で結構好き勝手に暴れてくれたらしいが、それもここまでだ。別に因縁があるってわけでもないんだが――」
すっと、腰を落とす。男は口元を微かに曲げて、言葉の続きを口にした。
「――こっちも生活かかってるんでな。殴らせてもらうぜ、エミュレイター!」
そう叫んで、男は鎧騎士へと飛び掛っていった。
――男の名は、御陵統真。
自らの分身であり、相棒でもある黒い狼、イェーガーとともに、紅い月に彩られた世界を駆け抜けていくナイトウィザード――"夜闇の魔法使い"。
この世界の“常識”を守り抜く――それが、夜の闇に潜む彼らに与えられた使命だった。